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トーナメント二日目(メイントーナメントの初日)の三戦目はこの Patrick Gibson と対戦することになっていましたが、彼が前の試合を終える前に私の Limited Jackpot 第二戦が始まってしまい、夜11時半過ぎになってようやくお互いスタートできる準備が整いました。私のいるブラケットは bye を引けなかった人で構成されているために、この日に第三戦を終了させないとスケジュール遅れになってしまうようで最初は「今晩中に終わらせるように」とディレクターから言われてました。私は疲れからか少し頭痛が始まっていて、Patrick も数試合連続でこなしてきてやはり疲れていたようで、両者とトーナメントディレクターの合意で次の日の朝一で試合をすることにしました。(この結果、私は次の日に4戦連続でこなさらければならなくなります。)
さてこの Patrick Gibson という人、こっち(米国)ではかなり名の通った人で、Los Angels のバックギャモンクラブ "Gammon Associates" のディレクターをやっています。 あとで調べてみたらこの人は ABT (American Backgammon Tour) の "All-time" の29位にランキングされてました。(2000年になってこのランキングが更新されて、35位に落ちてましたが。)
試合を始める前に、Pat に前の試合で負かされた人と話す機会がありました。どうだったか尋ねたところ「Intermediate
にしてはちょっと強すぎるね」だそうです。「そうか。それじゃ気をつけようかな。」と冗談まじりで応えましたが、Ken
Tyszko 戦に続いてまた乱戦になるのかと予感しました。そしてこの予感は的中する結果になります。
ダイスの目に恵まれてか、6 ゲーム目まで一方的なゲームを展開して 9-1 ととんでもないリードをしてしまいます。Pat は頻繁にダイスの交換を要求し、当然私はそれに応じますが、状況は変わりません。彼は苦悩をあらわにします。
何人か通りかかった人が私のスコアシートを除きこみ、決まって
Pat の方に目をやり「なにやってんだ Pat」ぐらいの感じの顔をして去っていきます。(痛快)
「勝負師モード」ですので、一切の表情は出しませんが、やっぱりこの追い上げはうれしくありません。なるべく「追い上げられた」という事実を考えないようにして自分のベスト(のつもりの)プレーをしますが、とうとう 9-9 の DMP になってしまいました。
早速キューブを私に渡して、この DMP でも彼のダイスはとどまるところをしらず、とんでもないところでヒットされて私は絶対絶命のこの局面に追いこまれました。(例によってポジションはあいまいな記憶を頼りに再現していますので正確ではありません。)
「もはやここまでか。それでもメインで2勝したのだから悪くはない。コンソレーションでがんばろう。」と心の中でほぼ完全にギブアップしていたこのポジションで、無造作に振ったダイスが出した目が(このページのサブタイトルにもある通り)なんと2−1! 勝負師モードに徹している私はここでも喜ばず(もちろん心の内では高笑いです)、バーのチェッカーを 23pt にそっと置き、その替わりに相手のミッドポイントのブロットをひょいとつまんでバーに置いて、自分のチェッカーの一つを 12pt にスライドさせました。このときの Pat の表情といったら... 天国から一気に地獄に落ちたという気持ちをあらわにしてくれて、(残酷ですけど)もう最高でした。
次のロールで5か6か忘れましたが早速バックチェッカーをアウターに逃がすことができて、あとはつまらない事故を起こさないように注意しながらとても楽しいベアイン、ベアオフをして、当然私が勝ちました。
面白いものです。彼は 9-1 という瀕死の状態、つまり私のマッチ勝率はこの時点で(Kit Woolsey のマッチエクイティーテーブルによれば)91%であったところから上の局面、多分彼の勝率は 80%以上までとりかえしました。奇跡的な復活劇でした。そしてその約1秒後に勝率 10% 以下に(大体 9-1 マッチスコアと同じ勝率ではないかと思います)落ちるという、これまた奇跡的な転落劇でした。
こういう大逆転を経験してみると、バックギャモンってのは残酷なゲームだなぁとつくづく思います。