前書き(のようなもの)
ある日 GamsGrid で遊んでいたらチャットウィンドウが突然開いて、othello
こと市川さんに「このあいだの Las Vegas Open について JBL の Web site 用にエッセイを書いてもらえませんか」と頼まれてしまいました。私は去年(1999年)の10月に
Las Vegas で開催された Las Vegas Open の Intermediate division (三つある
division の真中。「中級」)に参加して、こともあろうに優勝してしまいました。私自身にとっては予想もしていなかった快挙ですが、たかが
Intermediate です。エッセイにして紹介するほどのこともないだろうとは思ったのですが、「優勝はすごいことです」と市川さんまるめこまれて結局これを書き始めることにしました。
なにしろ、この Las Vegas Open は私の始めてのメジャーなトーナメントでしたので(「メジャー」と呼んでいいのかわかりませんが、すくなくとも地元
San Francisco エリアのバックギャモントーナメント BGBB では Las Vegas トーナメントは最大の行事のように言われています)、他の大会に比べてどうなのかということがまったくわかりません。この大会で体験したことをそのまま私なりに紹介していこうと思います。
バックギャモンを始めた動機
昔日本にいたときには将棋にはまっていた頃があります。ほとんど毎週の土日には(時間があるときには水曜日にも)将棋クラブに通って指しまくっていました。日本から米国に移り住んでから2年すこしたった
1998年の秋、こちら(米国)では将棋クラブなどあるわけもなく、近所に将棋指しがいるわけもなく、将棋ができずにだんだんフラストレーションがたまってきてころ、なにか熱中できるボードゲームはないものかといろいろ(インターネット中を)さがしていました。 その昔日本の本屋で「バックギャモンブック」という本を買ってバックギャモンというゲームを(ルールだけは)知っていましたが、日本ではだれもこれを遊んでいる人がいなかった(というよりそんなに面白そうに感じなかったので遊び相手を真剣に探さなかった)ので結局日本にいる間はこのゲームを遊ぶことは無かったのですが、Yahoo(米国版)をうろうろしていたらバックギャモンサイトがありましたのでさっそく試してみました。しばらく遊んでいるとこれがだんだん面白くなってきて、二週目にはもう完全にバックギャモンにはまってしまっていました。
BGBB (BackGammon By the Bay)
近くにバックギャモンクラブみたいのはないのかなと、またインターネット中を探してしましたら、ありました。月に一回か二回、San
Francisco Bay エリアでトーナメントを行っている BGBB というクラブです。早速バックギャモン歴2〜3週間の腕で
Intermediate に挑戦します。幸か不幸か私がはじめて参加したトーナメントでは
Beginner 部門の参加者がいなくて、いきなり Intermediate から始めることになったのです。メインの初戦で敗退してコンソレーションに行きますが、その後2勝して賞金まで後一勝のところまできます。コンソレーションの準決勝で負けてその日は賞金なしですが、まずまずの戦績に満足でした。
そして次の12月のトーナメントに参加して(このときも Beginner
クラスなしだったので Intermediate)
、なんと優勝してしまいます。これでトーナメントの面白さのとりこになってしまいました。
次の年の4月、BGBB のメンバーの何人かが Las Vegas のトーナメントに出場して素晴らしい成績を上げました。出場した人たちと話しをしているうちに、私もこれに参加してみたくなってきました。
仕事はいそがしかったのですが思いきって一週間の休みをとり、10月の
Las Vegas Open に出場することにしました。
Blitz, Doubles, Limited Jackpot と結構いそがしかった一日。
緊張の初戦。パーフェクト試合。
多分このトーナメントで対戦したプレーヤーの中では最強の敵。大乱戦。
前の Ken 戦とはまた一味ちがう大乱戦。スーパージョーカーで決まる。
LA からやってきた礼儀知らずのプレーヤー。
自分で自分の Calcutta にとどめを刺すはめになってしまった一戦。
立派なプレーヤー。
あっさり勝つ。
大勢の観戦者に囲まれての試合。幸せに満ちたひととき。
現金で支払われる賞金。札束の迫力。
はじめまして。
Las Vegas のトーナメントには今後もできる限り参加します。
ではみなさん、Las Vegas でお会いしましょう。
2000年3月
Sho Sengoku (仙石 祥一郎)