home パリ記 by 梶 善登

 ブリュッセルに着く。雨が降っている。荷物が重いと感じる。そこでパリ行きの飛行機に乗り換えた。その飛行機の中でぼんやり外を見る。音が聞こえなくなる。この飛行機が落ちてしまえば、後は何も考えなくていいから楽なのに、と思う。それでも飛行機はパリに着く。
 空港から電車に揺られ、パリの都心部まで向かう。暗闇の中、汚い電車はゴトゴト走りつづけ、いつまで経っても目的地に着こうとしない。よく聞く旅行者の不安を感じる。どこか知らない駅についたらどうしようとか。それでもホテルについて、下平さんに会えた時は、ほんとうにほっとした。

 次の日、パリの街をうろつき、いろんなものを見た。ここは本当にきれいな街だと思う。建物にはすべて美しい外装がほどこされ、確かに花の都という感じがした。雑貨屋を見つけ、水とパンとオイルサーディンを買った。ホテルに帰って、それらを食べながら、いつものようにサイコロを使って占いをする。「僕は勝てないが、そこそこの気分で帰る事ができる」と出る。どういうことかは、わからない。

 午後からマスタークラスがスタートした。最初は観戦だけにするつもりだったが、そこにチャンスがあるのに向かわないのは性分にあわないので、クウォーターエントリーする。相手はイエス・キリストに似た、ドイツの方だった。クロフォードから逆転される。
 終わった後、緊張してた自分に気がつく。

 そうしていろんな人の試合を観戦した。あらためて今回のトーナメントのレベルの高さを知る。どこを見ても、強いプレイヤーしか見当たらない。その中に、憧れのプレイヤー、ナックがいた。僕は彼の棋譜をみて、バックギャモンを真剣に研究しよう、と思い立った過去がある。
 彼は自分のボード、クロックを使ってプレイしていた。この時、自分がいかに快適にプレイするか、ということの重要性に気がついた。僕も自分だけのいい盤が欲しくなった。

 チャンピオンシップがはじまる前日、望月君がパリに到着した。僕はパリに着いた日にすごい時差に苦労したが、彼は全然そんなことも感じていないように見えた。着いたその足でチャンピオンシップのクウォーターエントリーに参加している彼を見て、なんて元気なんだろうと、すこしうらやましくなった。彼の試合を観戦する。ゲームに集中している望月君の顔はなんてきれいなんだろうと感動する。僕にもああした顔ができるのだろうか、と考えた。無理かもしれない、とぼんやり思う。

 僕はクウォーターエントリーを介さずに直接チャンピオンシップに参戦した。理由は簡単。クウォーターを勝ち進む自信がなかったからだ。第一戦はなんとか勝ち進むも、第二戦、シンプルに負ける。終わった後、何も考えないようにした。でも、少し悲しかった。

 次の日、コンソレーションがスタートした。会場に行ってみると、相手がいない。ぼんやり待つ。しばらくした後、相手がやってきた。遅れてきたため、僕に3点が与えられた状態で始めるようにと、ディレクターから指示があった。
 しかし、相手は最初に来た時に、僕がいなかったから席をはずしたのだと言ってゲームを始めようとしなかった。相手は恰幅のよいお年寄りで葉巻を吸っていた。大きな黒い瞳をしていた。彼も勝ちたいのだろう、と考えた。交渉は英語が上手ではない僕にはうまく行きそうもなかった。面倒だったので0−0から始めることにした。どっちでもいい。ここはパリで日本じゃない。  そのまま、僕はあっさり負けた。

 次の日、ミニトーナメントに参加する。最初の相手は南米の若者だった。名もない僕を相手にして退屈そうにプレイしていた。途中、彼はダブルではないところでダブルをした。試合に熱意が感じられなかった。それでも僕は負け、握手のために右手を差し出すと、彼は左手で握手をした。

 もう、何もかもうんざりした。バックギャモンは運のゲームだし、盤上には神様なんていないと僕は知っているけれども、もう本当にうんざりした。夜も眠れない。お金もないから、毎日サンドウィッチばかり。帰るところも行くところもない。惨めだった。僕に残っているのは、お土産用に残したわずかばかりのお金とラストチャンスの参戦権だけだった。それすら、僕には何の慰めにもならない気がした。

 トーナメントの最終日をむかえる。この日はラストチャンスだけ。その日も相手はこなかった。そうして時間が来て、僕は不戦勝となった。2戦目、フレンドリーな人とやる。勝つ。3戦目、トーナメント表を見て驚く。バックギャモンの神様と言われる人がそこに書かれていた。

 その時、僕は初日にやった占いは神様と勝負できた経験をもって日本に帰れることをさししめしているのかと思った。実質DMPになって神様の出目の悪さによって勝ってしまう。今まで見たこともないようなポジショナルなプレイ。ユニークな演出。神様はやっぱり神様だったと思う。

 4戦目、ゲームスグリッドでかなり上位にいる方と対戦する。ジャッカルの日に出てくる殺し屋に似ていた。そう言えば、あの映画もパリが舞台だったなぁと思う。勝つ。

 5戦目、トーナメント表を見に行くと、そこに青い瞳をした、バイキングの子孫然とした大男がいた。笑顔で僕に話し掛けてくる。なんでも賞金の話をしたいらしかった。どうしてベスト8で賞金の話をするんだろう、と思っていたら実は今ベスト4にいることがわかる。僕はトーナメントのスタート時点で有利なポジションにいたらしかった。すこし賞金の話をして、30分後の試合を約束し、部屋に戻った。

 冷静に考えて、自分が今いる状況が飲みこめなかった。ぼんやりと前日望月君が使っていたボードを見る。ほんとうにきれいなボードだった。久しぶりに欲しいものに出会った気がした。ナックは自分のボードをもって旅をしている。僕もそうしたい。だから僕は疲れていて眠かったけれど、このボードを得るためにがんばることにした。そうして僕はその5戦目、考えられないようなレースを逆転して決勝に進むことになった。

 決勝前の気分を今考えるとよく思い出すことができない。多分、ずっと思い出すことはできないだろうと思う。試合の前、部屋から会場に行く時、トロフィーが多く並んでいるのを見た。その中に僕はラストチャンスの優勝者のトロフィーを探した。どうしてもランナーアップのものしか見つからず、望月君が「試合前にそんなものをみるとろくなことにならない」と言ったのでその通りだと思い、テーブルに向かった。

 最後、テーブルに座った英国紳士のような初老の男性は背筋をしゃんとのばしていた。僕はどんなだっただろう。彼の右に置かれたミネラルウォーターのボトルには水がたくさん入っていた。僕のそれはもう2口分しかなかった。僕はブランダーをし、パスをできず、そうしてシンプルに負けた。

 昔、ある大会の優勝者が「その勝利を自分の人生のどこに置くかが重要であって、それがどこであろうと、どんなものであろうと関係ない」と僕に語ったことがある。僕はパリのチャンピオンシップのラストチャンスでランナーアップになった。これが勝利なのかどうか、わからない。充実感というよりは、自分の中にあるものすべてを吐き出してからっぽになった感じがする。まだ人生のどこに置いたらいいのかもわからない。たぶん、もう少し時間が経ってからわかるようになるんだと思う。

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 いずれにせよ、僕は無事に帰ってこれました。今はそれで十分です。下平さん、パリでは本当にお世話になりました。おごってくださったラーメンとっても美味しかったです。望月君お疲れです。いろいろアドバイスありがとう。また僕達を日本で応援してくださったみなさま、本当にありがとうございました。今はまだ、よくわかってないのでいろんなこと、書けないけれど、一つアドバイスができるとすれば「日本の空港でお金を替えると7%は損をする!」(経験済み、ろる)ということでしょうか。

 ま、でもパリはほんときれいで、観光にはぴったりでした。(ギャモンはからいけど)
 いずれにせよ、近年中に日本人がでかいタイトルをとることは間違いないと思います。できれば、その役目、僕がいいなぁ、と思いつつ、では、またね♪

2000年2月25日 梶 善登


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